TRICK or SWEET(後編)
著者:shauna
さて、話は進むが単純に人間が心地良いと感じるのはどんなときだろうか?
やわらかく温かな風の吹く草原でトロトロと夢見心地な時。
大好物を目の前に山のように出され、好きなだけ食べている最中。
冬の寒い休日の早朝に毛布に包まっての二度寝。
どれも捨てがたいものだと思うが、ではこんなのはどうだろう。
大好きな恋人がちょっと勘違いして借りたDVD2本を見た後、それを見て怖がった恋人に「お願いだから一人にしないで!」と言われ、―言い方は悪いが―絶えず、ペタペタひっついたままその子と一緒に夕食を食べ、体を寄り添わせてテレビを見て、風呂なんて浴室の前まで付いていかされて、そして、時刻は夜12時に一緒にベッドイン。どうだろうか?
ちなみに今なら付加価値として、相手は正統派お嬢様兼ちょっと天然なドジっ子及び、学園内でも10本の指に入ると噂される程の美少女という特典が付きます。
・・・・・・・
明にとってこれはなんというか・・・まあ、幸せの絶頂?みたいな・・・・。
さて、夜も深まり、天井からぶら下がったシャンデリアが月明かりに反射してキラキラと光る時刻となった。
シチュエーションとしては申し分ない。ベッドはクイーンサイズの天蓋付きでいつも明が寝ている布団とは雲泥の差だ。
そんな中で明は体をまるで氷漬けになった魚みたいに硬直させていた。
もちろん、眠っているわけではない。
むしろ、体に比べて異常なまでに荒く、体温もものすごく暑いぐらいだった。
もちろんこれは病気特有の症状なんかではないではない。
そして、原因も分かっているのだ。
その原因。それは間違いなく、明の眠るベッドの中である意味甘えてくる子猫の如くピトォ〜って擬音が聞こえてきそうなぐらい密着した状態で己の体のデタラメな程の柔らかさと温かさを伝えてきている彼女のせいである。
有栖川瑛琶。
楠木明の彼女にして、現在かなり怖いホラー映画と間違って借りてきた昭和の雛見沢怪奇殺人事件ファイルを連続して見てしまって まさに死ぬほど怖がっている最中の女の子だ。
「あのさ・・・瑛琶さん。もうちょっと離れてくれませんか?」
「やだ。」
明の腕に抱きつく瑛琶の手の力がさらに強くなった。
同時に明の腕に「むにゅう」というか「ぐにゅ」というかとにかく恐ろしい程に柔らかいカップから出したてのゼリーみたいな感触のモノが惜しげもなく当てられた。というか・・・まあ・・・
卑猥な表現をするとbetween A and Bとでも言うか・・・。
とにかく、理性が吹っ飛びそうなぐらい気持ちがいいことはいうまでもない。
「わかった!わかったから瑛琶!!もうちょっと離れて!!」
「う〜・・」
唸り声をあげ、僅かにその大きな瞳を潤ませながら瑛琶は少しだけ体を離す。
ほっとしたやら恨めしいやら安心したのか残念なのか・・・
とにかく、明の精神が・・いや理性が崩壊しかけているのは言うまでも無い。
なにしろ、この心臓に悪い嬉しいイベントは今回でもう6度目なのだ。つまり、午後11時からなんと1時間もこんなことを繰り返していることになる。
明は見くびっていた。
瑛琶のビビリ度をだ。
とにかく、あの2本を見たあとから彼女はとてつもなく敏感なのだ。ちょっとモノが倒れただけで小さく「ヒッ!」と驚き、明の手をギュっと握ってくる。
そして、布団に入るや否や―部屋が暗く、夜だから音が聞こえやすいというポイントもあろうが・・―明らかに彼女はさらに敏感になっていた。
なにしろ、窓枠が風でカタカタと震えただけで明の腕にしがみついてくるのだ。
そして、まあ、その度に・・・「むにゅ(はぁと)」みたいな・・・・
とか、そんな幸せいっぱいハートフルハピネスな事を楽しんでいる余裕は残念ながら、今は無い。
なぜなら、明日部活だから!!
部活が無ければこの感覚を味わいつつも瑛琶が眠りにつくまでじっくりと耐えてもいいのだが、残念ながら明日はシーズン最後の試合に向けての早朝練習が待っているのだ。
彩桜学園の野球部は県内でも常に高ランクに位置づけされる程、そこそこに強い。
そして、その野球部の練習は常にハードを極めるのだ。
時間厳守もその一つ。
もし、理由なく5分以上時間に遅れようものなら異常なまでに広い彩桜の外周を10周走らされた上に、同僚や後輩からの1000本ノックが科せられる。
おまけに、監督からの信用も落ち、たった1度の遅刻でレギュラーを落とされた先輩が居たという噂すらあるのだ。
朝練は明日の朝6時から。
つまり、起きて支度をする時間を考えると朝5時には起きたいから現段階で睡眠時間は5時間しか取れないのだ。
流石にこれ以上はマズい。
でも、かといって瑛琶をこのままにしてさっさと自分だけ寝てしまったらこの腕にしがみ付いて冬の夜に外で眠る子猫の如くガタガタと震えているこの少女は一体どうなってしまうのだろうか。
だから・・・
明は瑛琶に殴られるのを覚悟して、こうすることにした。
身を捩って瑛琶と向かい合わせになり、そのまま震える瑛琶を思いきり抱きしめた。
温かい体温と甘いローズ系シャンプーの香り。そして何よりも強く抱き締めたら壊れてしまいそうなほど柔らかな感触が明の脳髄を刺激する。
「ふぇ?」と訳のわからなそうに黙って硬直している瑛琶のあまりの可愛さにおかしくなりそうだったが、なんとか理性を繋ぎとめて、明は出来るだけ焦らずゆったりとした口調で優しく瑛琶に呟いた。
「瑛琶。俺のこと嫌い?」
「え!?」
瑛琶の体が一瞬ビクッと震えた。
「そんなこと無い!大好きだよ!!じゃなきゃこんな風に一緒に寝たりしないもん!!」
「そっか・・」
その言葉を聞いて、まさに天にも昇る気持ちだったが、明はそれでも冷静を繕い続ける。
「じゃあ、俺のこと信用して今夜はさっさと寝ろ。大丈夫。俺が傍にいてヤッから。何があろうと俺が守ってやる。何が来ようと俺が瑛琶を守る盾になってやる。だから安心しろ。大丈夫だから・・・」
「ホント?」
「ホント。」
それを聞いた途端だ。瑛琶の体の震えが止まったのだ。
まるで魔法みたいに。
「ありがとう。なんか落ち着いた。」
「良かった。じゃあ、おやすみ。俺明日朝練だから。」
「あ!そうだったね!お弁当作らなきゃ。おやすみ。」
瑛琶はそう言うと明の腕に抱かれたまま静かに目を閉じた。
そして、明も瑛琶もトロトロとしてきた頃。この日最後の会話が繰り広げられる。
「ねえ、明。彩桜の校章の意味知ってる?」
「なんだよ急に?」
「知ってる?」
もちろん知ってる。建学の理念は彩桜に入学した時に散々教わったのだ。忘れるはずがない。
「秋霜桜花。桜の花は純潔、精神美を表し、それを取り囲む霜と光はそれを貫くことの厳しさを現す。つまり、どんな苦難にあっても己の美学や正義を貫くべしってことだろ。」
「うん。正解。」
瑛琶は静かにうなずいた。まあ生徒手帳にも載ってることだし・・自慢にもならないが・・。
「でもね。私はあの校章の意味はちょっと違うと思うんだ。」
「違う?」
「うん。あのね・・。あの意味ってもっと簡単だと思うんだ。」
「簡単?」
「うん、桜の花言葉って純潔とか精神美とかだけど、それだけじゃないんだよ。山桜なんかはまた別の花言葉があるんだ。」
「へ〜・・。どんな?」
「それはね・・・。」
瑛琶はおもむろに明の顔を見上げた。そして・・
「“あなたに微笑む”」
そう言ってめちゃくちゃ可愛く笑ってくれた。とてもじゃないが表現できない程に可愛く、そして美しく。
「私はこうしていつも明を笑顔で見つめていたい。明にも私をいつも笑顔で見ててほしい。そして、願わくばいつまでもこんな時間が続いて欲しい。これはとてつもなく強欲なことだと思うけど・・でも、私は明といつまでもいつまでもそういう関係で居たい。進級しても卒業しても。お互いにおじいちゃんとおばあちゃんになっても。」
もう嬉しくて涙が出そうだった。愛おしくて愛おしくてたまらない相手からこんなことを言ってもらえた。ずっと共にありたいと願ってくれた。しかもそれを強欲だなんて・・・・
「強欲なんかじゃない。」
明はきっぱりと言い放った。
「俺もそうありたいから。君と・・瑛琶と一緒にどこまでもどこまでも一緒に居たい。だから瑛琶・・・」
明も瑛琶の綺麗な瞳をしっかりと見据える。
「これからもよろしくね瑛琶。」
「うん。」
夜は更け、人々は眠る。当然この2人も。だが、そこにある想いだけは何があろうと変わらない。
冒頭で幸せについて問うた。その時の一つの結論が今ココにある。
TRICK(驚き)とSWEET(甘さ)。この2つがあるからこそ、人は幸せを感じるのではないだろうか?
それはハロウィンにも似ているかもしれない。
でも、この話がハロウィンと違うとすれば・・
この2人の恋は夜が明けても終わることが無いということだろう。
そして、この話が絶対に終わることのないラブストーリーへと発展するかもしれないというのもまた・・・・・
The END of TRICK or SWEET
THANKS !!
12/18 2:45 Present by Shauna
Special Thanks Mr. ru-raa
And you!
あとがき
すみませんでした。
と冒頭から謝ってみる私ですが、まあ、言葉通りの意味です。
というのも、元はハロウィンに合わせて書こうと決意し執筆していたのですが、それを決めたのが10月27日ぐらいで、結局前編しか出すことができず、その上、11月はテストとバイトとレポートで一切執筆活動を止めた為、結局ハロウィンと言うよりクリスマスの方が近くなったこの時期に発表することとなりました。
まあ、いつもお世話になってる皆様へのささやかなクリスマスプレゼントと言いますか・・・(弁解)
それに、Shaunaのブランド名に恥じない作品には仕上げることが出来たと思います。
さて、今回のコンセプトはハロウィンということで甘さも少し抑え気味のビターにしてみたつもりですがいかがでしょう?
満足いかなかったらすいません。
それではまた次の作品で。
12月18日 21:23
shauna
投稿小説の目次に戻る